090:イトーヨーカドー









 麝香獣が表向きに活動する会社名を、[琵琶花]といった。
 様々な国に支部を置き、その勢力は大きい。知らぬ者はいないほど。
 琵琶花が存在することで潤っている町もいくつかある。だからこそ、裏の顔である麝香獣が徘徊しても、暗黙されるところはあった。
 しかし、大きくなり過ぎた力を懸念する声は多く、カカシのような忍びは他の里からも集まっているだろう。
(‥‥おかしい)
 本部に忍び込んだイルカは、ぴりぴりとした緊張感を抱く。
 自分はただの中忍で、こんなに簡単に中に入れるはずがない。むしろ、
(誘い込まれてる)
 分かってはいたが、しかし引き返すわけにもいかなかった。
 罠が用意されていようと、覚悟の上だ。それに、あの子は自分を待っているだろう。
 里を抜けて、追い忍を撹乱し、性悪な獣の懐にまんまと収まった少年。
 巨大な忍びの里である木の葉の者だからこそ、麝香獣も駒の一つとしてフヨウを受け入れたのだろうが、少年はそんな可愛らしいものではない。
 油断していたら、喉笛を噛み切られることを、はたして琵琶花の社長は理解しているのか。
(フヨウ)
 いつも花のように笑っていた少年。孤児であっても、将来性のある力に、彼の周りは人で溢れていた。誰からも好かれる子供だったが、墓の前で一人で泣いているのを見た。
 声も出さずに、ただ涙だけ流して。
 唯一の家族であった彼の母は、木の葉にたどり着いてすぐに亡くなった。
 追われていたようだが、理由は分からない。推測に過ぎないが、特異な能力を持つ一族かも知れない。木の葉の里は、能力者に対して偏見を持たない。他里を抜けて、木の葉に助けを求めてくる者は少なくない。
 イルカは泣き上戸だった。
 フヨウに泣きかたを教え、力いっぱい抱きしめると、初めて子供の顔をした。
 ――大事な、生徒の一人だった。
(それでも)
 殺すしか、ないのだ。
 少年がそれを望んでいる以上――他に道はない。
 奥まった座敷に、彼はいた。護衛もつけずに、ただ一人で。
「――イルカ先生」
 笑う。
 花のように。
 抱きしめるように広がる少年の両手に、イルカはクナイに手を伸ばした。
 やらなければ――でも、
 本当は嫌だ。

 ――嫌なんだ。

「‥‥‥っ」
 ふっと、視界が翳った。
 気づくと、目前に人が立っている。イルカは瞬きをした。滲んでいた汗が鼻筋を落ちていく。
 窓から差し込む月明かりに、銀髪が輝いた。
 いつ、この人はここに?
 イルカは呆然と目前の人を見上げる。
「あんたは馬鹿だよ」
 低い声が罵倒の言葉を告げる。
 口を開きかけたイルカは、鈍い衝撃を腹部に受けた。ぐらりと体が揺れ、カカシの腕の中に倒れる。
 意識が消えそうになった。
 掌に爪を立てて堪えると、ひょいっと担ぎ上げられる。――何処へ。
 イルカの代わりに、フヨウが叫んだ。
「なんなんだよ‥おまえは‥!」
 苛立ちが伝わってくる。
 ヒステリックな少年の声に、カカシは一瞥をくれた。
「うるさいよ、くそガキ。指でもしゃぶって我慢すれば?」
「‥‥‥っ」
 イルカを担いだまま、カカシは一瞬の内に姿を消した。
 残されたフヨウは身を震わせ、虚空を睨みつける。
「なんなんだよ‥‥、‥なんなんだよ‥‥!!」 
 引き裂かれるような声だけが、広い座敷に轟いた。











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2004.05.02

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