092:マヨヒガ








 
 連れ込まれたのは、打ち捨てられた廃屋だった。
 突き倒されて、両腕を固定される。
 獣のように見下ろすカカシは、怒っていた。
 離してくれと何度も言った。だが、逃げようと身をよじると頬を叩かれる。
 びっくりして動きを止めると、喉笛に噛みつかれた。
 服を、人形からはぎとるように奪い、カカシの手は好きなようにイルカの体を扱った。
「‥カカシさん‥っ」
 名を叫んで理性を取り戻そうとしたが、口を掌で覆われる。
「黙って足を開きなよ。かわいがってあげるから」
 それからは、悪夢の一言だった。
 痛み、屈辱。カカシはイルカを嬲ることだけを目的にしていた。
 獣に喰われている。
 揺さぶられて、吐き気がした。瞼を閉じて、何もかも否定したかったが、
「‥‥」
 カカシが胸に顔を伏せた時、やわらかな銀の髪が触れた。
 ふわふわした感触に、急に意識が鮮明になる。
 手を伸ばして頭を撫でた。
 びくっと反応し、顔を上げるカカシの目を見る。
「さわんないで」
 冷たくあしらわれるけれど、離さなかった。
 だって――ずっと触りたいと思っていた。
 獣じゃない。
(――だってこの人は)
 息を吸うと、止まっていた涙があふれた。
「すみません‥カカシさん。‥‥すみません‥‥」
 嫌悪感が瞬く間に消える。汗ばんで触れ合う体温が悲しくて、何度も謝った。
 カカシは顔を伏せ、
「‥あんたに謝られたら、オレはどうしようもないよ」
 諦めた声でつぶやいた。
 死を覚悟して、三途の川を渡ることを受け入れていた自分を、この人はなんとかして引きとめようとしたのだ。――憎しみという楔で。
 彼とて、平気なはずはないのに。
「‥‥、‥‥ッ」
 離れようとする体を、抱きしめて引きとめた。
 問うように覗き込む色違いの目に、続きをせがむ。こんな状態で、離れたくない。
 ゆるゆると打って変わって甘く動き出す体に、イルカは汗を滲ませてあえいだ。
 今だけは、何もかも忘れたい。
 この人だけを、感じていたい。
「‥イルカ先生‥、我慢‥できる?」
 動きが少し粗暴になる。すがりついて、答えを告げた。
 これは夢じゃない。
 カカシは確かに生きて存在して、なんて熱い。

 ―――死にたくない。

 心の奥底で封じていた願いが、息を吹き返した。
 死にたくない。
 死にたくないんです。
 声にせずとも、カカシには何故か伝わった。
「――馬鹿だね。あたりまえでしょ」
 浴びるように口づけを受け、イルカは嗚咽をもらす。


 生きることを、許されたような気がした。


 
 






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2004.05.06

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