093:Stand by me









 顔にかかる髪を指で梳き、紐で高く結いあげた。
 ぎゅっと強く縛ると、顔の横っ面を引っ張られる。首筋が涼しく、うなじがしゃんとする。
 イルカは、きつく、一つにまとめるのが好きだった。
 髪を結うと、気持ちが引き締まる。
「もう大丈夫です」
 視線を感じたイルカは微笑んで言った。
「もう、死ぬことなんて考えません」
 芯のある声に、カカシはやっと固い表情を解く。
 最初から分かっていた。
 イルカは、ちゃんと立ち直れる人間だ。
「体、平気?」
「はい」
「ずいぶん気が立ってる。オレが捕まえようか」
「‥俺に任せてくれるんですね」
 イルカが意外そうな顔をする。
 あれだけ問答無用に連れ出せば無理もない。カカシは苦笑を浮かべて頭を掻いた。
「そうじゃないと納得しないでしょ。あんたもあのガキも。でも、やばくなったら遠慮なく手を出すよ」
 本当ならさっさとイルカを連れて遠くへ行きたい。あんな乳臭いガキ。構うだけ時間の無駄なのに。
 小屋の外にいる気配に、カカシは仏頂面になる。ずいぶん前から追いついていたようだが、自分の気配に気づいて様子を見ている。一晩中動かない。出直せばいいものを、感情が邪魔をして離れられないのだろう。イルカが出てくるのを、さぞやきもきして待っているに違いない。
 壊れかけた扉を押し、イルカが外に出る。カカシもその後に続いた。
 明け始めた空は藍色に染まり、隠れて様子を伺っているかと思えば、追手の少年は、堂々とそこに立っていた。
「フヨウ‥」
 イルカが呼びかけると、フヨウはくっと唇を噛みしめた。
「ぼくに、逢いにきてくれたんじゃないの。その暗部の犬、いったいなんなの‥っ」
 堰を切ったようにぶちまける少年に、イルカはそれでも穏やかに話しかけた。
「フヨウ、俺と里へ戻ろう」
「‥‥は‥‥‥っ」
 投げかけられた誘いに、フヨウは笑いを吐き出した。
「おかしいよ、イルカ先生。戻ってどうしろと。死刑を甘んじて受けろと?」
「生きて罪を償うんだ。お前が切って捨てた人間たちに、その家族に頭を下げるんだ」
「残念だけど、切った奴の顔なんか覚えてないよ」
「フヨウ‥っ」
「ぼくはね、イルカ先生。初めて自分の願いを持った。――たった一度だけだ。一人だけ。その人さえ手に入れば、ぼくは何でもする。里に一生を捧げてもいい。‥‥でも、これだけは絶対に譲れない‥‥!」
「うるさいよ、ガキ」
 カカシは苛立ちを抑えきれず口を挟んだ。
 イルカに任せるつもりだったが、あまりの幼稚思考に我慢ができなくなった。もとい気分が悪い。自分と通じる所がある分、よけいに疎ましい。
「周りを見ろ。自分だけで生きてると思うな」
「黙れっ、おまえ‥っ、暗部のくせに説教す‥‥‥」
「――知れ。望んでも手に入らないものはある」
「‥‥‥っ」
 フヨウは目を細めてカカシを睨んだ。低く体を構え、抑えていた殺気を解放する。
 少年の目に、激しい愛憎が光った。
「‥それでも、欲しい‥‥!」
 片手を上げたフヨウの合図に、後方から数人の忍びが飛び出してきた。
 雇ったはぐれ忍か。まっすぐにカカシを目指す。雑魚だ。しかし、僅かにイルカから目を離してしまった。
 同時に駆け出したフヨウは、イルカだけを見ていた。
 その手が持つ黒玉に舌打ちが出る。
(敵味方問わずか)
 火のついた爆弾を抱いて、フヨウはイルカに向かって走る。爆破すれば、近辺一帯吹き飛びそうな火薬だ。
 雑魚を昏倒させ、フヨウの意識も奪うつもりで足先を変えるが――イルカと目が合った。
(‥ちょっと‥)
 目が訴える。手を出すなと。
(甘いことを‥っ)
 怒りが生まれた。
 その優しさが、こんな結果を生み出したのだと罵ったら、あの人は泣くだろうか。
 考えた途端、憤りが萎える。
 泣くだろう。
 涙を見せずに、心の中で。
 イルカは、少年から爆弾を奪おうとしていた。
 火のついたそれは、今にも点火しそうで。本能が回避しろとカカシを急かすが、あえて逆らった。
(分かってないよ、あのガキは)
 どうしても欲しいものが出来たなら、奪うんじゃなくて捧げるんだ。なにもかも。
 差し出せ――命さえも。
 爆弾がイルカの手に渡った。間に入り、フヨウの体を思い切り蹴る。骨くらい折れと、手加減はしない。小柄な体は、遠くへと弾き飛ばされた。
 火は、
「‥‥カカシさん‥っ」
 間に合わない。
 爆弾を遠くへ投げるイルカの体を、カカシは庇うように抱きしめた。
 空が、眩い光と――轟音に包まれる。
 大きな爆発。
 鉄を落とされたような圧迫感が周囲を襲い、
 二人の意識は、そこで消えた。


 鳥の声が、耳元で笑っていた。










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2004.05.08

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