099:ラッカー









 花の名を持つ少年が、同胞を殺して里を抜け出てから数年。
 木の葉の里は変わらず平和であった。
 未来の忍者を育てるアカデミーは、子供たちの笑い声で満ちていた。その館から、一人の少年がこっそり抜け出した。
 金髪の頭が陽光にきらきらと輝き、子供は跳ねるように駆けて行く。
 やがて見えてきたのは、高くそびえる岩の山。
 そこに刻まれた代々の火影の顔に、少年はにっと目を細めて笑った。
 懐に隠した悪戯道具を確かめて、少年はろくに前を見ずに角を曲がる。
 どんっと衝撃を受けて、少年はしりもちをついた。
「‥‥った‥、あぶねぇーってばよ!」
 ぶつかった人影は、平然と立っている。少年は、自分の注意不足を棚に上げて相手を罵った。
 光の反射で顔が見えないが、透き通った銀髪の大人の男だった。着ている忍服を見て、少年はまずい、と内心思う。
 覆面をつけた男が何か言う前に、「今回は許してやるってばよ!」少年は弾丸のようにぴゅうっと走りだした。
 あっという間にいなくなった少年に、男は頭を掻いたが、足元に転がっている缶に気づいた。
「‥‥‥ラッカー? どうすんの、これ?」
 間延びした声がからからとラッカーを振る。
 ――久しぶりに帰ってきたのに、手痛い出迎えだ。
 渾身の頭突きを受けた男は、里の風を深く吸い込んだ。一年ぶりだ。
 カカシは長いため息をついた。



 ずいぶん長く、任務の荒波に身を置いた。
 時々、あの人が帰っていないか確かめるために里に戻った。
 月に何度も。しかし、いつしか帰還までの間が延び、年に何度か。最後には年に一度となった。
 帰って来ないイルカに、落胆するのが一番辛い。
 もう心の中では、諦めている部分もあった。待っているのに我慢できずに、自分なりにイルカの行方を探してみたが、ようとして消息が分からない。
 今日は、実に一年ぶりの帰還となった。
 できれば報告は別の者に任せたかったが、もしかしたら、と希望はすべて絶えたわけではない。
(まずは火影さまの所へ‥)
 報告して、慰霊碑へ行って、それから‥‥、
 今日の予定をめまぐるしく立てる。頭の中では、すでに落胆する事実を受け入れていて、すぐにでも里を発てるように考えていたが、
「‥‥?」
 ふと頭上の騒がしい声に、カカシは顔を上げた。
 何人かの大人が口々に声を荒げ、火影岩を指差して叫んでいる。
 視線を辿ると、火影岩にぶらさがった子供が、豪快にらくがきをしていた。あろうことか、代々の火影の顔に。
(あ、さっきのガキ)
 カカシは手の中のラッカーを見た。これは悪戯の道具だったらしい。
 本当に平和の里だと呆れながら、まあいいかとカカシは放っておくことにした。
 さっさと立ち去ろうとしたが、

「――こら! ナルト!!」

 耳に痛く響いた怒号に、カカシはぴたりと足を止めた。
 そして、弾かれたように走り出し、その声の主を探した。
 火影岩の真下、見上げて怒鳴っている忍服の男。高く結い上げた黒髪に、カカシの胸が高鳴った。まさか。
 授業を抜け出してっ、と怒っていた男が、ふと声を止めた。
 痛いほどの視線を感じたのか、ゆっくりとカカシを見る。
「‥‥イルカ先生‥‥っ」 
 変わっていない。いや、前よりも思慮深い目を持つイルカに、カカシは言葉を失った。
 なぜか体が強張る。駆け寄って、抱きしめようとずっと思ってきたけれど、いざ再会すると、頭の中が激しく混乱した。
 あの時、行かせたことを後悔しない日はない。待っている時間は、はてしなく辛かった。
 そんな狂おしい時間を与えたイルカのことをどう思っているのか、カカシにはもう分からなくなっていた。――だが、
「‥‥ただいま」
 イルカの笑顔に、すべてがどうでもよくなった。
 人目をはばからず、カカシはその腕で強く、想い人を掻き抱いた。










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2004.05.17

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