100:貴方というひと
すぐにイルカとふたりきりになりたかったが、悪戯小僧の首根っこを掴んだイルカは、まずアカデミーに連れて帰ると頑としてきかなかった。
戻って、初めて分かった。イルカはアカデミーで、再び教師についていた。いつから?
近くの教員に尋ねると、半年前に長い遠征から戻ってきたのだと説明してくれた。
半年前。
カカシは落胆を隠せなかった。うじうじ悩んで、一年も帰還を遅らせるんじゃなかった。
外で待つカカシは、火影への報告も忘れて、教室にいるイルカを見つめた。
(しっかり先生の顔しちゃって‥)
生き生きとしたイルカの顔を見つめるうちに、なんだかむかむかと黒いものがわきあがってきた。そりゃあ、さっさと帰ってこなかった自分も悪いが、それでもずいぶん待っていたのだ。それなのに、イルカは半年も前に帰っていた。連絡ぐらいくれれば、すぐに戻ってきたのに。行く先が分からずとも、火影ならば気を回して教えてくれるはず。
ずいぶん自分に調子のいい思考だったが、カカシは止められなかった。
おあずけを食らった苛立ちもあり、イルカを見ていられなくなったカカシはアカデミーから立ち去った。
夕方、なんとなく川ぞいの土手に腰を下ろしたカカシは、ぼんやり水を眺めていた。
あれ以来、川は好きじゃない。なるべく近付かないようにしていたが、今日はわざとここを選んだ。しばらくして、背中で足音がする。
「‥‥カカシさん」
囁くような呼びかけに振り向きそうになったが堪えた。人影が隣に座る。
互いに沈黙していたが、
「‥怒ってるんですね。戻ってきていたことを、黙っていたからですか」
その通りだった。カカシは嘆息し、イルカを横目で見た。
「なんで連絡くれなかったの。オレは、すぐにでも戻ってきたよ。ずっと、あんたを待ってたんだ」
「‥‥‥火影様に、恩情を願い出てくれたのはカカシさんですね。ありがとうございました」
「礼なんかどうでもいい。あれはオレのためにやったようなもんだから。そんなことより‥」
「迷ったんです」
イルカが遮るように告白した。
「戻るのが怖かった。だから、一度は捨てた里が迎えてくれた時は嬉しかった。火影様から聞いて、すぐにでもあなたに会いたかったけど、いないあなたに内心ではほっとしました」
聞かされて、カカシの胸がずくんと疼いた。それは、会いたくなかったということか。
ぎゅっとイルカの手を掴んだ。強く、痛いほど握ると、イルカの指がその上を擦る。
「‥‥‥‥‥あなたは、きっと待ってくれていると思っていました。でも、だからこそ躊躇いました。自分だけ、幸せになっていいのかと」
「‥‥‥っ」
カカシはたまらず、イルカの体を草原に組み敷いた。
馬鹿だ。
この人は、本物の馬鹿だ。
「人のことには一生懸命になるのに、どうして自分に関してはそんなに疎いの。つーか、オレの幸せはどうでもいいわけ!? 冗談じゃないよ。冗談じゃない! いつ慰霊碑にあんたの名前が書かれるかとびびってたオレの日々を、あんたは全部無かったことにするの?」
怒りに任せて怒鳴ると、大人しく黙って聞いていたイルカがそっと目を閉じた。
その縁からあふれた涙が、こめかみを伝って落ちていく。驚くほど多い涙の数に、カカシは拘束していた手を緩めた。知らず、跡がつくほど握っていた。
「‥‥あなたは‥‥、いつも俺を、引き戻してくれる‥」
イルカは震える声で、とつとつと語り始めた。
「あの子を死から遠ざけることは出来ました。長い説得と時間によって、ようやく自身の歩む道を見つけてくれました。里へはどうしても戻れないけれど、いつか償いができる時まで死なないと、今でも手紙をくれます。遠い国で、フヨウは今も戦いの中に身を置いている。‥‥俺は、その時になってやっと自分のしたことに気づきました。あの子に、なんて辛い道を選ばせたのか。今頃になって後悔を。でも、死んだ人間の顔が浮かんで。自分は、いったい何をしに行ったのか‥‥‥っ。――俺は最低な人間です。愚かで‥短絡的で‥‥っ」
「馬鹿なのは‥とっくに知ってるよ」
カカシは脱力したようにイルカにもたれかかった。
胸に耳を押しつけると、心臓の音が聞こえる。規則正しく打つ音に、カカシは安堵の息をついた。
イルカには悪いが、馬鹿であると自覚してくれて嬉しい。これからは、きっと無鉄砲なまねはひかえるだろう。それに、結果的に里に戻ることを選んだと言う事は――自分との約束を選んでくれたということだ。
それは、はてしなくカカシの心に希望の光を運んだ。
「あんたは、十分苦しんだ。もういいでしょ? これからは、自分のために生きてよ。ついでに、オレの為にも」
ふ、とイルカの唇がほころびる。
「‥‥俺は馬鹿ですから、これからも苦労しますよ」
「それくらい覚悟してるよ。何年待ったと思ってんの」
ふてくされた子供のように言うと、イルカの手がカカシの髪をそっと撫でた。
(‥‥‥気持ちいい)
長く待ち望んでいた手。やっと戻ってきたと、カカシはぬくもりに浸る。
イルカは、迷っていたと告白した。それは実は自分も同じだったが、せっかく優位にたてたので黙っていようと思った。
イルカのような人は、誰かが強い杭を地面に打たなければならない。でないと、我が身を顧みず飛び出していってしまうのだ。
その杭に、自分がなろう。
少しでも長く、共に生きるために。
「‥‥おかえり」
流れる川の音を聴きながら、
カカシは帰って来たイルカに口づけをささげた。
以上で、555555キリリクを終了致します。
あき様。リクエストありがとうございました!
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2004.05.17